カテゴリ: ーバーブラ・ストライザンド( 2 )

バーバラ・ストライザンドのアパート探し受難(2)

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パークアベニューあたりのCoopのイメージをぴったんこのイメージで描き出し、思わず笑っちゃった写真。the Corcoran Groupの2007年の広告より


072.gifこの記事は、昨年週刊NY生活の連載「NYビルディング万華鏡」に連載されたものに一部手を加えたものです。他のコラムとは文体が異なりますが、ご了承ください。





ニューヨーク、アッパーイーストのCoop,しかもパークアベニューや五番街のアドレスを持つビルの多くは、ハリウッド関係、ショービジネス、政治家、ハイプロファイルのメディアやファッション関係者、外交筋などのセレブを嫌う傾向にあるということは、これまでもこの連載を通じてたびたび書いてきた。

その理由は、派手なパーティを頻繁に開いて騒音をまき散らし、彼らを求めてパパラッチがビルの周囲をうろつきプライバシーを脅かされたりするに違いないと、多くの住人たちは考えるからだ。

その偏見と色眼鏡ゆえ、長年のアパート探しにも関わらず、とうとうアッパーイースト暮らしが叶わなかった気の毒なお一人がバーバラ・ストランザンドではないだろうか。

スティーブン・ゲインズ著「ザ・スカイズ・ザ・リミット」によると、セントラルパーク・ウエスト320番地(アーズレー)のペントハウスに長年住んでいた彼女は、アッパーイーストの名門Coop入居を夢見、実に20年近くアパート探しを続けたらしい。


五番街927番地のボードは、バーバラが当時のネルソン・ロックフェラー知事、ジョン・リンゼイ市長からの推薦状をボード・パッケージに添えていたにもかかわらず門を閉じた。

パークアベニュー740番地に至っては、彼女がオーファーを出そうかどうか迷っている時点で既に、ブローカーを通じてやんわりと見込みがないことを説得したらしい。

こうしてバーバラのアパート探しの放浪の旅は困難を極め、その間実に12年以上アーズレーのペントハウスは市場に出されたままだった。

けれど、1998年、バーバラはマリブ島に住む俳優ジェームズ・ブローリンと結婚することに決めた。ロスに移住することにし、突如、買い手探しが真剣なものとなった。     

その時、タイミングよく800万ドルでオーファーを出したのが、当時29歳のポップ歌手、マライア・キャリーだった。

しかし残念ながら、マライアはボード面接にまでこぎつけたにもかかわらず、入居はかなわなかった。(この詳細にご興味のある方はぜひマライア・キャリーがボードに拒否された笑えない理由にどうぞ)

自分はアッパーイーストの名門Coopにことごとく拒否され、やっと見つかったアパートの買い手は、本来相当に審査が「ゆるい」はずのアッパーウエストのCoopに断られ、踏んだり蹴ったりの経験をしたバーバラ。

「アーチストがアッパーウエストに住めないというなら一体どこに住めというの」と、プレスに語り、ボードを相手取って訴訟を起こすことも考えたらしい。彼女の気持ち、わたしはすごく理解できる。

「それかいっそのこと、こんなアパート、チャリティに寄付してしまおう。後はどうなろうと知ったことじゃない」とまで思ったらしい。

そのアパートもとうとう買い手が見つかった。
しかし値段はマライアの出したオーファーの半額、アパートを市場に出して実に14年後のことだった。 
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by rumicommon | 2008-12-04 01:39 |  ーバーブラ・ストライザンド | Comments(0)

バーブラ・ストライザンドの住まい探し受難

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セントラルパーク・ウエストのビルからイーストサイドを望む。イーストサイドよりはCoopの基準が「ゆるい」セントラルパーク・ウエストのビルにはセレブたちがたくさん暮らす。

072.gifこの記事は、昨年週刊NY生活の連載「NYビルディング万華鏡」に連載されたものに一部手を加えたものです。他のコラムとは文体が異なりますが、ご了承ください。



 ニューヨークに暮らし始めて間もない90年代の初頭、わたしは70丁目の三番街にある賃貸ビルに数年住んでいた。

 そのビルは、ルーディンマネージメントという、マンハッタンだけでも100以上のプロパティを持つ会社が所有する賃貸のビルで、13階にはダナ・キャランが当時まだご健在だったハンサムで誰にでも愛想のよいご主人と暮らし、ペントハウスにはイスラエル大使が住んでいて、ちょっとセレブなビルだった。

 ダナ・キャランはバーバラ・ストライザントと親しいらしく、素顔のままダナを訪ねてくるバーバラをお見かけしたことも一度や二度ではなかったし、イスラエル大使をジェシー・ジャクソンがたくさんのシークレット・サービスを連れて訪ねてきたのにも出くわした。
 
 ダナ・キャラン夫妻は当時すでにかなり成功していたにもかかわらず賃貸住まいだったのは、ちょっとした七不思議のひとつだったが、今思えば、友人、バーバラ・ストライザンドとダナには住まいに関して面白い共通点があったようだ。

 どちらも気が遠くなるほど長い間購入すべきアパートを探していたことだ。
 
 今でこそトライベッカやSOHOにだれもが購入できるコンドミニアムがたくさん建てられ、こぞってダウンタウンに住まいを求めるセレブたちも、十年ぐらい前までは賃貸か、セントラルパーク・ウエストを中心とするアッパーウエストのCoopに住んでいた。
 
 イーストのCoopのボード審査を通過することが難しい彼女たちも、ウエストサイドなら審査がゆるく比較的入居が簡単だったからだ。
 
 ダスティン・ホフマン、ダイアン・キートン、マドンナ、BONO、ダナ・キャラン、ジェリー・サインフェルド、デミ・、ムーアと結婚していた頃のブルース・ウィルスなどセントラルパーク・ウエストの有名人は枚挙にいとまがない。

 ダナ・キャランも長年の賃貸暮らしを経て、とうとうセントラルパーク・ウエストにお気に入りのアパートを見つけて購入したが、それは90年代後半のことだ。
 
 バーバラ・ストライザンドもまた、長年アーズレー(セントラルパーク・ウエスト320番地)に住んでいた。

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 とは言っても、願わくはイーストサイドに移り住もうと、アーズレーのアパートは市場価格を大幅に上回る値段で長年売りに出したまま、いくつもの名門Coop入居を夢見ていたようだ。
 
 セレブたちがCoopに嫌われる一番の理由は、パパラッチがうろつき、頻繁に派手なパーティを開くことで隣人に騒音をまき散らすことであるが、彼女は大勢の人を招くこともなく、ひっそりと暮らしていたようだ。住人としては理想的だったのだ。
 
 しかし彼女が購入を考えたイーストの名門Coopは決して門戸を開かなかった。五番街927番地に入居を断られ、この連載最初にご紹介したパークアベニュー740番地に至っては、彼女があるユニットの値段の交渉を始めるや否や、担当のブローカーを通じボード審査を通過できる見込みがないとやんわりと断られたようだ。
 
 こうして次が決まらないバーバラのアーズレーのアパートは実に十年間市場に出されたままだったのだ。    



  (続く)
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by rumicommon | 2008-11-21 11:23 |  ーバーブラ・ストライザンド | Comments(0)


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